2025年8月後半に、13年利用してきたフォロワー1万人のXアカウントが凍結したとき、頭が真っ白になりました。
長い時間をかけて積み重ねてきたものが、ある日突然消滅する。
その瞬間は時が止まったようなそんな感じでした。ただ電子データが消えただけだとポジティブに捉えることもできましたが、色々な意味でやる気が削がれていきますし、ここまで活動してきた時間は一体なんだったんだろうと思わずにはいられませんでした。
でも不思議なもので、時間が経つにつれてゼロからやり直すしかないなら、これまで更新が滞っていたホームページをしっかり作り直そうという気持ちが湧いてきました。
結果的に以前よりも奇麗な仕上がりになり、おそらく今後はより多くの悩める女性に届くようになったと感じています。
まさに雨降って地固まるという言葉を身をもって体感することができました。
数年ぶりにホームページ制作と向き合うなかで、今回の経験は処女卒業というテーマに似ている部分があると感じました。
多くの女性にとっての処女卒業は、前に進みたいという気持ちとリスクを負うのは怖いという気持ちが、同時に存在して互いに戦っています。
コンフォートゾーン(安全地帯)の円から一歩飛び出すとき、不安や葛藤を感じるのは生物として自然なことです。
しかし、よく考えてみると、処女を卒業することは何かを失うことではありません。むしろ新しい自分に出会うための通過点と捉えることもできます。初めての経験をしたあとに
- 自分の新しい一面
- 男性に受け入れられたという事実
- 未来へ向けたワクワク感
に気づきます。そして、その瞬間から自己肯定感が少しずつ回復していきます。結果として今まで自分に貼っていた次のようなレッテル
- 一生性行為ができないかもしれない
- 自分に自信がない
- 恐怖や不安に負けてしまう
を外して新しいラベルを貼り直すことができます。
これは、私がアカウントを失った後に、もう一度ゼロから発信を始めている感覚と近いものがあると感じます。
いったんなくなるからこそ、何を積み上げるかを自分で選べる。不思議なことに以前よりも軽やかにスタートすることができます。
もちろん、処女卒業には不安も伴います。でも、乗り越えた先には失ったという後悔ではなく、得たという実感が待っています。
大切なのは、何かを失う=何かの始まりだと捉えることだと思います。
喪失という言葉は我々人間を一度立ち止まらせるけれど、同時にその静かな時間の中で自分を見つめ直し、新しい方向へ歩き出す力を授けてくれます。哲学的に言うなら、喪失は生成のきっかけであるといったところです。
アカウントが消えたことで私は本来書くことのなかったこの文章を書いています。
処女卒業も同じで、不安や恐怖を経験したからこそ、自分の未来に対して
- 意外と大丈夫かも
- もっと挑戦してみたい
- 出会いを求めて行動してみよう
と思えるようになる。
あなたは処女を卒業することで、未経験だったころの自分とは異なる人生の分岐点の先に立つことができます。
だから、処女卒業を怖いものとして考える必要はありません。
怖さや揺らぎを感じるのは自然なことですが、その揺れこそが次の一歩を強くしてくれます。
卒業はゴールではなくスタートです。
あなたがもし不安や恐れで立ち止まっているなら、それはきっと未来のあなたを迎えるための準備期間なのだと思います。
一緒に頑張って行きましょう。
